東京地方裁判所 昭和27年(ワ)2939号 判決
原告 三松秀太郎
被告 住友金属鉱山株式会社
一、主 文
1 被告は、原告に対し、二万三千八百円及びこれに対する昭和二十八年三月二十五日から支払済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、原告において八千円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
二、事 実
一、請求の趣旨
主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。
二、請求の原因
(一) 原告は、昭和二十六年七月二十四日訴外中村茂から同人に対する貸金債権の担保として、被告会社の昭和二十六年六月十八日資本増加にかかる新株式二百株を譲りうけるにあたり、増資新株式申込証拠金領収証(以下単に証拠金領収証という。)の名宛人の譲渡証書がそれぞれ添付された領収証第七一〇九号(名宛人神谷道子)及び同第六〇六四五号(名宛人高木きみ子)の交付を受け、現にこれを所持するものである。この領収証の申込証拠金は、払い込まるべき株金の全額に相当し、昭和二十六年六月一日の払込期日において払込金に振替充当せられ、これによつて、当然その名宛人に対する株式払込金領収証(以下単に領収証という。)に代えられる趣旨で発行されたものである。しかして、株式の引受による権利(以下権利株という。)又は株券発行前の株式の譲渡にあたり、譲渡人が証拠金領収証又は領収証にこれに名宛人として表示せられた者の署名ある譲渡証書を添附して譲受人に交付するときは、株券に株式名義人の譲渡証書を添附して引き渡した場合と同様に転輾流通する商慣習があるから、原告は、右譲渡証書の添付された証拠金領収証の交付を受けることによつて前記増資新株二百株を取得し、その株主となつたのである。
(二) 被告会社は、昭和二十六年七月二十五日以降前記増資新株式につき株主一般に対し株券の交付を行つた(以下株券の一般発行と称する。)前記のような意味合で領収証の所持人となつた原告は、右株券の一般発行後は、被告会社に対し、右領収証を呈示してこれに対応する株式を原告名義に書き換えることを求めることができ、この場合被告会社は、原告に対し株式の名義書換及び株券の交付をしなければならないこととなつた。しかるに、被告は、昭和二十六年十月十日前記第七一〇九号領収証に対応する記号番号新乙第八六四六号百株券及び第六〇六四五号領収証に対応する百株券一枚(記号番号新乙第一九四一一号から第一九四一四号までのうちの一枚)をいずれも領収証と引き換えることなく、権限のない訴外菱三証券株式会社に名義書換の上引き渡した。ついで、右訴外会社は、同二十八年三月二十四日被告会社株式二百株を訴外金子七之助に譲渡したが、その譲渡は、右株券の交付を以てしたので、同訴外人は、訴外菱三証券株式会社の無権限にかかわらず、本件増資新株二百株を善意取得するにいたつた。
(三) 原告は、訴外金子が右のように本件株式を取得した結果、自己の株式を喪失し、その時価相当の損害を蒙つたのであるが、これは全く被告会社が領収証による株式譲渡の商慣習を顧みず、本件領収証と引換でなく株券を菱三証券株式会社に交付したことに起因するから、被告会社はこれを賠償する義務がある。而して、右損害発生の昭和二十八年三月二十四日における被告会社株式の東京における市場価格は、一株当り百十九円であつたから、原告の蒙つた損害は二万三千八百円である。
(四) よつて、原告は、被告に対し、二万三千八百円とこれに対する損害発生の日の翌日である昭和二十八年三月二十五日から支払済にいたるまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、被告の答弁及び抗弁
(一) 請求棄却の判決を求める。
(二) 原告がその主張の通りの領収証二通を現に所持していること、被告会社が原告主張の日時以降株主一般に対し本件増資新株式の株券の交付をしたこと、被告が訴外菱三証券株式会社に対し、証拠金領収証と引換でなく本件株式の名義書換をした上株券を交付したこと、訴外金子七之助が原告主張の通り株券の交付をうけて本件株式を善意取得したこと及び昭和二十八年三月二十四日の東京の株式市場における被告会社株式の相場が一株百十九円であることは認める。原告が、訴外中村茂から右証拠金領収証の引渡をうけた事由は知らない。原告主張の証拠金領収証又は領収証の引渡による株式(権利株を含む。)譲渡の商慣習の存在することは否認する。仮りに事実がすべて原告主張の通りであるとしても次の事由によつて、原告の請求は理由がない。
(1) 証拠金領収証又は領収証は、有価証券たる性質を有せず、会社からする株券引渡についての単なる免責証券であるにすぎないから、これによつて株式譲渡をするという観念を容れる余地がない。従つて、原告は、本件証拠金領収証及び譲渡証書の交付を受けても本件株式を取得することができるものではない。
(2) 仮りに、証拠金領収証又は領収証が譲渡性を有し、譲渡証書とともに引き渡されることによつて転輾流通する商慣習が存在するとしても、本件証拠金領収証及び譲渡証書は、訴外菱三証券株式会社が他から買いうけ所持している間にその使用人久保真平のため窃取されたものであつて、権利者の意思に基かずしてその占有を離脱したものであるから、原告は、株式の譲受にあたり、本件証拠金領収証及び譲渡証書の交付をうけてもこれによつてその主張の株式を取得することができなかつたのである。
蓋し、証拠金領収証又は領収証は、除権判決によつてこれを無効とすることができないものであるから、その流通証券としての地位は、除権判決によつて無効とすることのみとめられなかつた昭和十三年改正前の商法による株券と匹敵する。従つて、証拠金領収証又は領収証の流通については、まさに、右法律施行当時の白紙委任状附株券の譲渡に関する商慣習法の法理の適用があるべきである。而して、右慣習法によれば、白紙委任状附株券の引渡は、これによつて表彰される株式の譲渡に関し、慣習法によつて成立した対抗要件にすぎなかつたから、盗難遺失等によつて正当権利者の占有を離脱した白紙委任状附株券の取得者は、たとえ善意無過失であつても当該株券につき権利を取得することができなかつたのである。
然らば、証拠金領収証又は領収証が譲渡証書とともに転輾する途中正当権利者の意思に基かないで(例えば盗難遺失により)その占有を離脱したときは、その後これを取得した第三者は、たとえ善意無過失であつてもこれが表彰する株式を取得し得ないというべきである。
およそ、ある取引の対象についていわゆる善意取得を認めるか否かは、取引における動的安全を保護するために、真の権利者を犠牲に供するか否かを意味し、公の秩序に関する重大な事項であるからあたかも株券について小切手法第二十一条を準用する商法第二百二十九条のように、必ず法律の規定にまつべく、この点について慣習法の成立を認めるべきでない。しかるところ、領収証の善意取得を認めるにつき成文法上何らの根拠がないから、前記の如く解するを相当とする。
(3) 商法第二百四条第二項の規定は、会社が株主一般に対し株券を交付することを開始した後は、株券の引渡によらず、証拠金領収証又は領収証の引渡によりなされた株式の譲渡を以て会社に対抗することができる旨を規定したものと解すべきでなく、会社は、株券の一般発行の前後をとわず株券によらない株式の譲渡を一切みとめない趣旨なのである。蓋し、権利が証券に化体して流通することを認める以上、その証券の盗難、紛失等の場合に除権判決によりこれを無効とする途を開いておくことが、有価証券法上必然の要請なのであるが、証拠金領収証及び領収証は株券ではなく現行法上公示催告手続によつてこれを無効とする方法がない。従つて、証拠金領収証又は領収証による株式の流通を認めないことが理論上必然の帰結である。さればこそ、商法は、前記法条において、株券によらない株式の流通を禁止したのである。本件株式について、原告の主張するところが株券によらないで、その譲渡を受けたことにある以上、原告は、被告会社に対しその株式の取得を主張して自己に対する株式の名義書換及び株券の交付を請求することができなかつたのである。
(4) 本件証拠金領収証及び譲渡証書は、前記の通りもと訴外菱三証券株式会社が所持していたところ、同訴外会社は、昭和二十六年八月七日被告に対し、所轄警察署長の遺失届受理証明書を添付し本件証拠金領収証を喪失した旨届け出たので、被告会社は、株券の一般発行後実に八十余日を経過した同年十月十日右訴外会社から念書(万一領収証の所持人から株券の引渡請求があつた場合には、これによつて生ずべき一切の責任を訴外会社において負担し被告会社には迷惑をかけない旨記載してある)を提出させた上、右訴外会社を本件証拠金領収証の喪失者と認め、原告主張の通りこれに対応する株券を同会社に交付した。
元来、証拠金領収証又は領収証につき盗難遺失があつた場合にはその証拠金領収証又は領収証は、法律上何の意味もない一片の紙片たるにすぎなくなり、その後の取得者は、何等の権利も取得するをえざるにいたる。しかるに、証拠金領収証又は領収証について現行法上除権判決によつてこれを無効とする途がないため、株券の一般発行後相当期間を経過するも、同株券の引換がなされないときは、証拠金領収証又は領収証の喪失者に対しこれと引換でなく株券を交付する商慣習がある。被告会社は、この慣習にしたがつて右の通り菱三証券株式会社に対し名義書換及び株券の交付をしたのである。この慣習によれば、会社が名義書換及び株券の交付をしたときは、その後に至り領収証の所持人が現われて株式の名義書換及び株券の交付を請求しても、さきの名義書換及び株券交付が有効なるは勿論会社はその証拠金領収証又は領収証の所持人に対しその義務を履行することができないことについての責任を負担しない。すなわち会社は免責されるのである。
(5) 仮りに原告が本件株式について権利を有したとするも、その喪失は訴外菱三証券株式会社の譲渡行為に起因するから、同訴外会社に対し株式に対する権利喪失を原因として損害の賠償を請求すれば足り、被告の関知するところではない。又仮りに被告にも責任があるとしても、訴外菱三証券株式会社の譲渡行為は、原告が株式に対する権利を行使して同会社が被告から交付をうけた株券の引渡を速やかに請求しなかつたことに起因するところ大なりというべく、被告のみに責任を負わしめらるべきでない。
(6) 本件株式が、昭和二十八年二月二十四日善意の第三者である訴外金子七之助によつて取得せられたとしても、この事実は、被告と何らの関係がない。被告に対する損害賠償が成立するならば、すべからく、被告と何らかの関係ありといいうべき日である被告が菱三証券株式会社に株券を交付した日を基準とすべきである。
四、被告の主張に対する原告の反駁
(一) (前出三の(二)の(2) に対し)現行商法によれば、記名株式の譲受人は、株券及び譲渡証書の交付を受けさえすれば、悪意又は重大な過失のない限り、当該株式につき権利を取得するものである。而して証拠金領収証又は領収証は、原告主張の商慣習により株券と同様に流通するものであるから、証拠金領収証又は領収証の取得者も株券の場合と同様の保護を受けるのであつて、その用語の同一にかかわらず、旧商法下の株券発行前における白紙委任状附領収証引渡による株式譲渡に関する商慣習法は、株券引渡による株式譲渡の法理の変更にともない、今日の譲渡証書添附の領収証引渡による株式譲渡の商慣習とはその内容を異にするにいたり、はるかにせまいものとなつたのである。
(二) (前出三の(二)の(3) に対し)商法第二百四条第二項は、会社が一般株主に対し株券の交付を開始するまでの間を限り、会社に対する関係において、株式の譲渡の効力を認めないでおこうとの趣旨に出たものである。従つて、会社において株券を発行する準備を完了し一般発行を開始した以上、会社は、右法条によつて、株式譲受人からする名義書換(したがつて、書き換えた株券の交付を含む。)の請求を拒みえない。これは、原告主張の商慣習の是認される以上当然のことである。
(三) (前出三の(二)の(4) に対し)被告主張の商慣習の存在を争う。
五、立証<省略>
三、理 由
一、原告が、その主張のような証拠金領収証二通にその名宛人の譲渡証書(いずれも、譲受人の氏名の記載なし。以下白地式譲渡証書という。)をそれぞれ添附して現に所持していること及び右証拠金領収証が原告主張の通り株式払込金領収証に代える趣旨で発行されたものであることは当事者間に争がない。しからば、右証拠金領収証はいずれも払込期日の経過により当然に株式払込金領収証となつたものというべきであるから、以下においては、株式払込金領収証としてとり扱う。証人中村茂の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の記載に同証言及び原告本人の供述を綜合すれば、原告が所持する白地式譲渡証書附右領収証二通は、原告が、昭和二十六年七月二十四日訴外中村茂から同人に対する六万円の貸金債権の担保として、被告会社昭和二十六年六月十八日増資新株二百株を譲り受けるに当り、その趣旨で交付を受けたものであることが認められる。
原告は、白地式譲渡証書附株式申込証拠金領収証の引渡による記名株式譲渡の商慣習により適法に本件株式を取得したと主張し、被告は右商慣習の存在を争うから、この点について判断するに、今次改正商法施行後の取引界において株式申込証拠金が株式払込金に相当する金額であつて、払込期日に払込金に振替充当される趣旨を以て株式申込証拠金領収証が発行された場合には、記名の権利株(株式の引受による権利)又は株券発行前の記名株式の譲渡は、その領収証に引受人(株式発行後は株主であつて、領収証の名宛人)の譲渡証書(白地式の場合を含む。)を添付して譲受人に交付することによつてなされ、かかる株式(権利株を含む。)は、株券に譲渡証書が添附された場合と同様有効に転輾流通する商慣習の存在することが当裁判所に顕著である(昭和二十七年十二月一日言渡当庁昭和二十六年(ワ)第五三一四号事件判決参照。)。
昭和十三年改正の商法は、改正前権利株の譲渡(その予約をも含めて)を禁止していた第百四十九条但書の規定を削除し、第百九十条第二項(第三百七十条第二項において準用する場合を含む。)において新に発起人、取締役又は監査役のする権利株譲渡を禁止したけれども、かかる者でない者のする権利株及び株券発行前の株式の譲渡については放任的態度をとり、昭和二十五年の改正に及んで第四百九十八条第二項において発起人又は取締役のする権利株の譲渡につき過料の制裁を科することとしたけれども、実質規定たる右第百九十条第二項の規定を削除し第二百四条第一項において株式の絶対的な自由譲渡性を確立するとともに、株式譲渡の自由を阻害することなからしめる為、第二百二十六条第一項において会社に対し株式発行後の遅滞なき株券発行を求めている経緯にかんがみるときは、この慣習は、株式会社法の規定に反するものであるとはいえない。否却つてかかる時期において権利株又は株式の処分がなされることによつて株式引受人は、払込資金調達の便宜をえ、会社の設立及び新株発行が容易ならしめられ、時には新株引受権者をして株式の発行利益(プレミアム)喪失の危険からまぬがれさせていることに想到するならば、この慣習の法律的、経済的機能には、けだし、はかり知ることができないものがあるというべきである。而して、被告会社が、昭和二十六年七月二十五日本件増資新株の株主一般に対し株券の交付を開始したことは、当事者間に争がないから、前認定の訴外中村茂から原告に対する本件譲渡証書附領収証の引渡による株式の譲渡は、他に特別の事情のない限り、被告に対する関係においても、その効力を生じたものというべきである。
(一) 被告は証拠金領収証又は領収証は、有価証券たる性質を有せず会社からする株券引渡についての免責証券であるにすぎないから、これによつて株式譲渡をするという観念をいれる余地がないと主張する(事実三の(二)の(1) )。元来、領収証は、会社が領収証の名宛人から、株金払込期日前にあつては株式引受申込の証拠金の払込を右期日後においては株金の払込を受けたことを証明する文書であると同時に、一般に株券発行の際の株券の交付についての免責証書たるものである(成立に争ない甲第二、三号証の各一によれば、本件領収証には明らかにこの後段にふれた記載がある。)従つて、手形、株券のように、権利の設定又は移転の為に作成された文書ではないという意味において、成文法上の有価証券とはいえない。しかし、この時期においても経済上の必要から権利の譲渡がなされなければならないにもかかわらず、これにつき成文法上何らの定のないところから、取引慣習がこれを株式又は引受による権利の譲渡に利用し、その方法として、譲渡を証する書面の添附された領収証の引渡を以てすることとしたとしても、これを違法としてその効力を否定すべき理由はない(前掲当裁判所判決参照)。この場合、領収証を有価証券というか否かは、いま深くせんさくする必要をみない。被告の主張は採用しない。
(二) 被告は、本件領収証は、権利者の意思にもとずかずしてその占有を離脱したものであるから、原告は右商慣習の適用をうけないと主張する(事実三の(二)の(2) )。右商慣習によれば株式は、譲渡証書附領収証の引渡により、譲渡証書附記名株券の引渡による場合と同様に譲渡されるものであるところ、該株券については商法第二百二十九条の規定により小切手法第二十一条の規定が準用される結果、右株券の所持人の権利を争う者は、その株券の取得が悪意又は重大な過失にもとづくことを主張立証することを要し、単に権利者の意思に反して占有を離脱したものであるということを以てその権利を争うことは許されない。右は、譲渡証書附領収証による譲渡が慣習法上譲渡証書附記名株券による譲渡と同様に取扱われるものである以上、その領収証の所持人の権利を争う場合にも全く同様であるべきである。
この点は、かの白紙委任状附株式譲渡の商慣習法において、白紙委任状附株券が株式名義人の意思に反して流通におかれた場合株式の移転が否定されていた結果、白紙委任状附領収証の引渡による株式譲渡の商慣習法において是認されていた取扱と異るものを生じていると解さなければならない。しかも、白紙委任状附株式譲渡の商慣習において、白紙委任状附株券が一旦株式名義人の意思にもとづいて流通におかれた場合には、その後の正当所有人の意思に反して輾転しても、株式は善意取得され得るものと理解されてきたところ(昭和十七年三月十八日言渡大審院昭和十六年(オ)第一一五七号事件判決参照)から判断すれば、白紙委任状附領収証の流通についても同じことがいいえたわけである。右に認定されたような今次改正商法施行下の株券を引合に出している商慣習がこれと結論を異にするわけがない。被告は、権利者の意思に反する占有離脱があつた後の権利取得を認めるべきでない理由として、証拠金領収証について公示催告による除権判決の制度がないことを以てするけれども、実際において、領収証を喪失した場合の株式の不融通物化は、被告が訴外菱三証券株式会社から徴したような念書を入れさせ、領収証を喪失した者に名義書換により株券を交付して防ぐことができ(この株券の有効なことは、後に述べる。)、その他の法律上の権利の救済は、直接の当事者間の解決に委ねれば足るものと考えられる。結局、当裁判所は、商法第二百二十九条(小切手法第二十一条)の規定と同趣旨の前記商慣習の存在を認定し、右商慣習は現行法上許容し得ないものではないとするのであるから、訴外菱三証券株式会社が本件領収証を喪失した事由を確定することなく、右見解に反する被告の主張を採用しない。
(三) 被告は、商法第二百四条第二項の規定を援いて原告の株式取得は、株券発行前のものであるから会社に対し主張しえないと主張する(事実三の(二)の(3) )。被告会社が、原告主張の日時に本件増資新株式につき、株主一般に対し株券の交付を開始したことは前認定の通りであり、原告が現在にいたるまで本件領収証に対応する株券の交付を受けていないことは、弁論の趣旨により明らかである。
しかしながら、商法第二百四条第二項の規定は、迅速に処理すべき会社の株券発行事務が株主の更替によつて渋滞せしめられることのないように株券の発行されるまでの間を限り、会社に対する関係において株式譲渡の効力を認めないでおこうという趣旨を以て規定されているものと解するを相当とし、しかも右に株券の発行とは、会社の株券発行の一切の準備行為の完了、即ち、株主名簿を調製し、且つ、これにもとづいて、株券を作成した上株主一般に対し株券の交付を開始することをいい、それ以前に行われた譲渡は、会社以外の第三者に対してのみ効力を生じていたのであるが、この時以後会社に対する関係においてもその効力を生ずるものと解すべきである。蓋し、もし反対に、被告の主張するように、商法の右法条の律意が、会社に対する関係においては株券によらない一切の株式の譲渡を認めることができないというにあるならば、当然右商慣習の存在を単に会社に対する関係においてのみならず株式譲渡の当事者間においても否定しなければ、終局において、善意の一般投資家に不測の損害を及ぼすこととなるであろう。商法第二百四条第二項の立法の目的を右のように認める当裁判所としては、同規定に合理的な理由附をしないで、会社に対する関係において株式の自由譲渡性を否定しようとする説には到底左袒することができない。被告の主張を採用しないゆえんである。
二、さて、原告主張の通り、被告会社が、昭和二十六年十月十日原告の所持する前記二通の領収証と引き換えることなしにこれに対応する株式につき訴外菱三証券株式会社の為名義書換(名義書換をした株券の交付を含む。)をしたこと及び右訴外会社が同二十八年三月二十四日訴外金子七之助に被告会社株式二百株を譲渡するに当り、右株券を引き渡し、右金子において右株式を善意取得したことは当事者間に争がない。
しかし、本件株式は、さきに認定した通り原告が適法に取得したものであるから、領収証が訴外菱三証券株式会社の占有を離脱した事情の如何にかかわらず、原告に帰属し、右訴外会社に対する名義書換(株券の交付を含む。)は、無権限者になされ違法のものであつたといわなければならないけれども、名義書換前にあつては、この株券は、株式引受人たる訴外神谷道子及び同高木きみ子の株主名義を以て調製されてあつたものと推断され違法な点がないから、右名義書換により被告会社は、その交付先を誤つたとはいうものの、株券の効力には影響なきものと解すべく、しかして、この株券の交付による株式の譲渡により訴外金子が本件株式二百株を善意取得したことは右に認定した通りである。
三、前段論定の通り、訴外金子が本件株式を取得したとするならば、その結果、原告は、もはや第三者に対し領収証により株式を処分して資金を回収することができず、領収証は正に一片の紙片と化し去り、しかも他に株式そのものに対する権利を回復する法律上の途なく、結局本件株式を喪失したものと断ずるの外なき次第であるから、これより当事者間に争のない喪失の日の本件株式の東京株式市場における一株につき百十九円の価格で換算した二万三千八百円に相当する損害をうけたことになるわけである。
よつて、右損害を被告の責に帰しうべき故意又は過失の有無について判断するに証拠金領収証は、一般に、それ自体これと引換に株券の引渡がなされる証書たる性質を有するものと解すべきである。成立に争のない甲第二、第三号証の各一、二によれば本件領収証の表面には、明らかに、特に株券は領収証と引換に交付すべき旨の記載があり、元来領収証は証拠金又は株金の払込があつたことを証明し、且つ、株券発行の際の株券の引渡についての免責証書たるべく作成されたものであることは前述の通りであつて、株式引受人の氏名が名宛人として記載されているけれども、領収証による株式譲渡の商慣習によつて当然の引換証書たる性質を帯有するにいたつたものと論定せざるをえないのである。すなわち、会社は引受人たる株主に対し領収証と引換に株券を引き渡さなければならないのは勿論であるが、右商慣習が存在するために、株式の善意取得者に対する顧慮よりして、今や、領収証が滅失した場合を除き、引受人たる株主に対しては領収証と引き換えることなくして株券を交付することができず、その他の者に対しては、領収証と引換えることなくして名義書換(株券の交付を含む。)をしてはならないのである。蓋し、会社が引受人たる株主に対し領収証と引換に株券を交付すべきはいうまでもないところであるが、株券の一般発行後においては、株式譲受人たる譲渡証書添附の領収証の所持人は、譲渡証書添附の株券の所持人と同様、会社に対し名義書換の請求をなしうべく、株式につき名義書換のなされた以上、会社は、株主名簿の新名義人に対し名義書換のなされた株券を交付すべく、もはや引受人たる旧名義人に株券を交付すべきでないと解するを相当とするからである。もし、そうでないとすれば会社は、領収証と引換でなく、ただちに引受人たる株主名簿の株主のもとに株券を送付して株券発行を免責せられることになるべき筈であるが、右商慣習の存する以上かかることはとうてい認められないところであるし、実際上もさような取扱のなされていることを聞かない。蓋し、当然のことというべきである。
そうであつてみれば、被告会社は、領収証の所持人たる原告に対し、本件領収証と引換でなければ、株式の名義書換をなし、これに対応する株券を他人に交付してはならない義務があるにかかわらず、右義務に違背して、本件領収証と引換でなく、株式の名義書換をなし、その株券を訴外菱三証券株式会社に交付したものであつて、少くとも過失の責を免れえない。
(一) 被告は、株券の一般発行後相当期間を経過するも株券の引換請求がないときは、会社は、領収証による株券の引換を免責され、領収証の喪失者に対し引換にあらずして名義書換(株券の交付を含む。)をすることができると主張する(事実三の(二)の(4) )。しかしながら、被告主張のような商慣習を法律上有効に認めることは、とうていゆるされない。蓋し、領収証は譲渡証書を添附するときは、株券と同様に株式取引の具に供せられ、会社は、一般に適法の所持人たることを推定される。領収証の所持人から名義書換の請求があつたときは、株式に対する権利者としてこれを扱い、何時でもこれに応じ、名義書換の上株券を交付すべき義務あるものであるにもかかわらず、領収証の所持人の意思にかかわりなく、一私人である被告会社の任意の判断により領収証の所持人の株主たることの法律上の推定をくつがえし、領収証の所持人以外の者に株券を交付し、よつて右義務を消滅するに至らしめることを認容するときは、その株券が有効な限り、爾後、株式の譲渡がその株券の交付によつて行われる結果、実質上領収証を無効にし、正当の権利者をしてその意思にあらずして株式を喪失せしめると同一の結果を招来することあるべく、公の秩序に反するばかりでなく、強行規定である公示催告に関する法律の規定と相容れないこととなる。その存否を確定するまでもなく、法律上有効な商慣習とはいえない。従つて被告会社が、かかる商慣習にしたがい、その主張のような手続を履践し、菱三証券株式会社に対し本件株式の名義書換をすることによつて本件株券を交付したとしても、そのことによつては、原告に対し、領収証と引換でなく、名義書換による株券交付による過失の責を免れることができないのである。被告の主張は理由がない。
(二) つぎに、被告は、原告のうけた損害は、訴外菱三証券株式会社の株式譲渡により生じたものであつて、被告の関知しないところであると主張する(事実三の(二)の(5) 前段)。しかし、右損害は、被告が領収証と引き換えないでした名義書換(株券交付を含む。)に右訴外会社の譲渡行為が加つて生じたものであつて被告の行為との間に因果関係がないとはいえない。なお、被告は、原告が株式についての権利を速やかに行使して訴外菱三証券株式会社に対し株券の引渡を求めなかつた為に同会社が株式の譲渡をした事情も斟酌さるべきであると主張する(事実三の(二)の(5) 後段)。しかし、原告は、被告会社に対し同会社が、名義書換請求権者である原告以外の者に逸出せしめた株券につき、これを追及して自己の手に回収すべき何らの義務をも負担するものではない。更に仮りに原告が無権利者たる訴外菱三証券株式会社につきこの株券を追求して回収を企てても、株券の性質上その目的を達することは極めて困難であつて、これをしなかつたからとて損害の賠償につきこれを過失として斟酌すべきものとはいえない。
(三) 被告は、損害賠償算定の基準日を訴外菱三証券株式会社が株式を処分した昭和二十八年三月二十四日でなく、被告が右訴外会社の為名義書換及び株券の交付をした昭和二十六年十月十日とすべきであると主張する(事実三の(二)の(6) )。しかし、不法行為による損害賠償は、現実に生じた損害についてなすべく、本件損害は、訴外菱三証券株式会社の株券交付による株式譲渡による株式喪失によつて生じたものに外ならず、その日時が昭和二十八年三月二十四日であること前に認定した通りであるから、被告の主張は理由がない。
四、はたして然らば、被告は原告に対し二万三千八百円及びこれに対し損害発生の日の翌日であること別記認定により明らかな昭和二十八年三月二十五日から支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務ありというべく、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項の規定を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 畔上英治 宮本聖司)